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たまに来る肉体労働者だと思われる男なのだが、安田大サーカスのクロちゃんのような雰囲気を匂わせた男で収支いい人ぶるのだが、まったくいい人ではない。

歳をとると手が乾燥するのは事実で、俗に言うお札を嘗めるような老人はある意味しょうがないと言えるのかもしれない(それにしたって結局はマナーの問題でそんな事をする老人は意外と本当に少ない)。

が先に書いた肉体労働者風の男は老人ではないし、年齢不詳なのだが恐らく40歳に達する年齢でもない。
それでも手が乾燥しているのかもしれないが、この男の行動はお札を、嘗めるどころの騒ぎではない。

気が向かないので、この男がする行動については詳しくは書かないが、その後で大抵お箸をこちらが許せるギリギリの本数でつけろと要求し、最後は商品を終始挙動不審な動作で包んで帰っていく。




先の文章を書いてから数時間後、お札を嘗めるならまだしも、お札に霧吹きのように唾を吹き飛ばした客について、そんなことは滅多にないのだが腹が立って眠れなくなり、ネットでそのことについて調べていると案の定ヤフー知恵袋がヒットした。
私が腹を立てているのは、その客がまだ若く手が乾燥しているにしても、非常識過ぎるということだったのだが、やはりというかヒットしたのは老人世代の客についてで、ヤフー知恵袋にはどんなに丁寧に状況を説明しても、「老人」というワードが登場するだけで
「それにはこんな理由がある」 「そんなことを書いて自分が老人になった時にどうするのか」というような回答しか言わない回答者が登場する。

どうするもこうするも、その人が老いた時に非常識な存在ならば嫌がれるだけだろう。そもそもこの回答者の口振りなら老いたら誰もが非常識になるような言い方だと邪推するが、まともな老人だって沢山存在している。
自分がまともじゃなくなった時に優しくしてもらう為に、今の内から優しくしておくべきとこの人は言っているのだろうか。
だがそれも邪推に過ぎない。

自分が信仰する優しい世界があるのならばそれで良い。
しかしそれを安易な言葉で押し付けてしまうと、かえって自分が擁護した存在に対するヘイトが高まってしまうことをこの人は知らないのではないか。

大抵の場合自分達の考える優しい世界を強固に相手にも押し付けようとする人達はいつもそうだ。
正しい(と信じている)言葉は説明がおざなりでも伝わると考え、その言葉を受け入れない人達の人間性を強く否定する。
話していても自分達の持つ正解以外の回答には聞く耳を持たないので、話にならない。




そんなことはともかく、私が読んだヤフー知恵袋の質問は、
「挙動不審で異常なほどペコペコとした老人が、毎回お札に並々と唾をつけるので、レジに置いてある湿ったスポンジを差し出したいのだが失礼にあたるだろうか?」というような内容で、年齢は違うがやっている事は私が今回この文章を書く理由になった客に瓜2つだった。
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辞めることは既に決定しているのだが問題はいつ辞めるかだ。
来年の1月を過ぎたら、私の精神的にこれ以上いる意味はない(これ以上いられる状況ではない)のだが、問題なのは最終的に私の生きる為の銭の話だ。
明日に繋がる辞め方ができる条件をできるだけはやく揃えなくてはいけない。
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マニュアルで言えと定めらている事にまで突っ掛かかれても、私は正直知らない。

仮にお客様窓口のような場所に対応を求めても世間一般の流れが既にそうなっており、もはや一つの企業がなおした所でどうしようもないようなことを、自意識過剰に自分だけが(自分だから)言われたように、自分だから言わなければいけないように反応するのは本当にやめてほしい。

この間はラジオで、言語学的にはそうなっているのかもしれないが、もはやマニュアルでそう言うと決まっている事をクドクドクドクドとアルバイトの日本語がおかしい等と言っていた言語学者がいたが、おかしいと思うのならまずは社会全般を変えてほしい。
おかしいとしたらマニュアルがおかしいのだが、おそらくその言語学者の頭には(ある程度事実だと思うが)アルバイトは馬鹿という概念が先にあり、そこまでは決して頭がまわらないのだろう。

まあ長い前置きは置いておくとして、酒煙草類の年齢認証を全てのお客様にするのだってマニュアルどうりにやっているだけだ。

他の従業員だってそれに習ってやっているのに私だけがしない訳にはいかない。
手間をとらせないように手短にやっているのに、怒る客やボタンを連打する客、質問に答えない客はまだ分かるとしても、
年齢認証で、寒いギャグを飛ばすのだけは本当にやめてほしい。
そんな寒いギャグを飛ばしておきながらコミュニケーション強者のような顔をする客とは本当にそれ以上口を聞きたくはない。

この間の客 (40後半から50代の肉体労働者) はもう分かったというのにいい歳をこいて17だ、17だと連呼していたが、業務に支障のでるような絡み方で本当にうざかった。
このような客の前で失敗をすると一々一々男を売るような事を言ってきて本当にうざい。
「お前の (ウザイ絡み方もしくは、存在のそのものの)せいで失敗した」なんて八つ当たりが喉まで、でかかるが決して言えはしない。
一々俺が俺がで、世の中にはお前なんかどうでも良いと思っている人間がいることは頭にはないのだろうか。

一々一々俺が怒っている、俺が認めてやったみたいな表情や、言葉を発した所で、アナタが喜こぼうと、怒ろうと私には何の価値もない。
何をした所で、アナタの人間性から受け取る全てが私にとってはずっとマイナスだ。
勝手に決めつけてしまうが、こういう人間は自分がイラつけば四の五と言わずに怒鳴っていい。自分が楽しければ相手も楽しいと短絡的に考えている気がする。
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今年が終われば非正規雇用のアルバイトを一年間続けた事になる。前のアルバイトは就職するという名目で9カ月で辞めているので(そのあとリフォーム会社に就職してすぐに辞めた)、とりあえず一年は続けるという最初の目標はこれで果たせた。
母の前回の話は私が現在フリーターであるという事実に大きく関係していた。

母の説教の内容は私がニートだったとしても同じことを言っただろうというような内容で、フリーターの私を「怠けているようにしか見えない」と断言した。
今はフォークリフトの講習を(バイトの関係で飛び飛びで)うけているので、来年の1月まで動きがとれないと母に伝えると、またかと言った感じで、「どうして就職もしないで回り道ばかりしているのか。今まで勉強していた資格試験はどうなったのか?資格をとったとしても車の運転が下手なあなたがその資格をとってどうするのか?」と言った。

私はもしかしたら発達障害というものなのかもしれないというぐらい不器用で運動神経がない。
年齢があがればあがるほど、このままではきつくなり、それを将来的に少しでも緩和するために、もっと言うなら少しでも脳を成長させるために、複数の理由が重なり苦渋の決断で選んだフォークリフトの講習をうけている事を、案の定母は否定した。
急に話があると、こられた所で、このように私の全てを否定されることははじめから目に見えていたが案の定の反応だった。

確かほとんど万人が受かるはずのフォークリフト試験をとれるはずのない資格だと母は口走った気がするが、私の思い違いだろうか。しかし驚くことに私はフォークリフトの資格でさえ本当にとれそうにないのだから嫌になる。




フォークリフトの件もそうだが母は私がなにかをしようとすると大体否定する。
積極的な意味合いではなく、本当は嫌だがやらなくてはいけないと思って嫌々やっていることを、母は私が積極的な意味合いでやっているかのように語り始めるのだが、私が真意を告げると「どうしてそんなに後ろむきなのか、そのような態度では成功するものも成功しない」みたいな話をはじめる。
ポジティブな意味合いで話をすると「あなたにできるとは思わない。能力がないのにプライドだけは高い」みたいな話をするのだから、結局は否定するし、万人が合格するはずのフォークリフト試験でさえ合格しないと母は語り、事実本当に合格しそうにないのだから、私の能力が低いことぐらい本当に分かっているはずだ。

だかなぜか正社員になれない事だけは「怠けているから」という話になる。




色々な言葉をふんだんに盛り込み私の劣等感を刺激したあとに母は「(正社員になって私を)安心させてほしい」と言ったが、母はそれで安心できるのかもしれないが、私は正社員になった所で何一つ安心はできない。
バイト先でさえ嫌われて、大した仕事を任されないような人間が、正社員になれるのかという一番大きな問題を飛び越えて正社員になった所で、本質が変わらない限り起きることは同じだ。

母は回り道だと言ったが、運転免許以外に2級建築士の受験資格しか持たず、到底その試験にも合格できないような私にできるのはなれたとしてもアルバイトに毛が生えたような正社員だけだ。大抵の場合、時給換算するとアルバイトよりも低く、その上で休日も減るような正社員の仕事。
そうなった上でもなるべきだと思う正社員の求人なんて受けた所で、今の段階では落とされるし、事実落とされている。
だからせめてすぐに取れる履歴書にのせれるような資格をと思い選んだフォークリフト免許を、母は散々罵倒した。




母は私がフォークリフトの講習をうけているということで、勝手に私がフォークリフトの運転士になりたいのだろうという名目で話を進め「(フォークリフトの仕事をさして)あなたにはコツコツやるような仕事は向いていない」と言った。
この間話をした時にはあなたにはコツコツやるような仕事が向いていると確かに母は言っていたので、もう無茶苦茶なのだろう。
私がストレスをかけすぎたせいでついに母は短期間で何の脈絡もなく真逆のことを言うようになってしまった。

母は「あなたにはコツコツやるような仕事は向いてない」と言った後に言葉をこう続けた。
「スーパーのように、この人にはこの部署は向いてないなと思ったら、違う部署に回してもらえるような仕事がいい」
スーパーの正社員と、部署移動を繋ぎ合わせた所に若干の?マークがうかんだが、おそらく私がかろうじてなれそうな部署移動のある正社員が他に思い浮かばなかったのだろう。

それは良いとして、ではなぜ前回、何の部署移動もなく、同じホールで葬儀場の設置をひたすらやるだけの名ばかり正社員のような求人を私に持ってきたのだろう。

そのことについて質問すると「今はそんな話はしてはいない」「どうしていつもそういう話になるのか」と言われたが、私の将来に関係する話をしているんだから、矛盾した人の意見なんて取り入れたくはないだろう。
何か、意味合いがあるのかと質問したら今はそんな話はしていないと言われた。




これで分かったのは母が求人票を持ってくるということは、自分のストレスを少しでも緩和したい時だけで、深い考えなんてないと言う事だ。
真に受けて、前回のリフォーム会社のようにしぶしぶ受けても、ろくなことがない。
まともに話を聞いた所で、次には内容が変わっているような母の話は、私がふがいないせいでこうなっているとはいっても本当に聞く価値がない。
昔とは違い私は将来の可能性を秘めたどこにでもいる子供ではなく、母も生活に疲れた婆さんになった。
もはや何も変わらない。
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まだ肉親としての情があり、それでいて中途半端に現実を見ている親がダメになった息子に、社会的な普通を要求した時、その会話はとりとめのない物になる。
親の頭の中にあるのは「正社員」「それでいて自分達の安心できる仕事」具体的な職業区分があるわけではない。

希望を持てば「希望を持つな現実は甘くない」と言われ、希望を捨てれば「希望を持て。現実を捨てようとするな」と言われる。
分かっているのは私には莫大な投資がされており、いくら能力がガラクタだと分かった今でも、親としてもやりきれないのだろう。
話し合いの場所を設けようにもこちらには本当に「申し訳ないです」以外に言葉がない。

親は具体的にそんな言葉が聞きたいわけではない。
だから期待を込めているとも、失望しているともとれる様々な言葉で私の心情をまさぐり、
常に無感情でありたい私の中にある幼い人間性を掴んで、私を無感情では覆い隠せない心情に追いやる。
しかし狼狽といらだちが交互に出て、それが私の言動をおかしくさせようと言える内容は様々な言い回しでの「すいません」だけだ。本当にそれしか言える言葉がないのだ。

兄弟の中で能力が低いことが完全に分かりきり、自分に対して大した興味も持てない私はどんどんと人間性が薄くなり、親と表面的ではない話をするほどの余力がもうない。
そのうえで親は私の口からの本心からのポジティブな話題を聞きたがっている。
後で否定するとしてもとりあえずは私に希望をもってもらいたいのだ。
親はまだ私に希望を持っているから後悔するというが、その希望の正体について問いかけると感情的になって話にならなくなる。
おそらくは「自分の子供だから」という10代の子供にかけるなら成立するが、もはや四捨五入すると30になろうとしている息子にかけるにはあまりに、互いにとって虚しい言葉しかないのだろう。
だから言葉を飲み込んでその代わりに、とにかく捲し立てる。




父は懸命な人間だが駄目な人間だ。
一緒に仕事をしていても上手くはいかないが、それでも人として尊敬しているのは、父は希望を語っても「現実を見ろ」としか言わない母に対して、今までずっと自分を信じて希望を語りそのたびに破れてきた。
それでも父はいまだに自分を信じて希望を語り続けている。

私はもう諦めた。すると母の言う言葉は「現実を諦めるな。希望を持て」に変わった。
その希望について訪ねても口ごもるばかりだ。
また父の話に戻るのだが、父は何度も人を裏切るようなガッカリさせるような言葉を吐いてきたが、不思議と「結婚するんじゃなかった」という一言を聞いた事がない。

そんなこと家族の手前で喋れる言葉ではないので言わないということも考えられるが、今まで父は何度も違うケースでそれに近い相手の気持ちを裏切るような情けない一言を言ってきた。
しかし父は自分の結婚と家族に対して関係を否定するような発言をしたことがない。家族関係が完全に冷えきってもいまだにそうだと言う事は、父にとって家族というものは、例え頭で考えても、なかった人生を口にできないような、そういう存在なのかもしれない。
私が仮に父と同じ立場でも、そうはなれない。私にとって「結婚」という2文字で結ばれる家族は永遠に縁のない、縁がないからこそホッとするようなものだ。
はじめから縁がないのだから、後からの後悔もない。希望がはじめからない状況に後悔は存在しない。




今日あったこともそうだが、母は学生時代からそうであった。
やる気を出して勉強を始めると、話があるとやってきて、今からまさにやろうとしている勉強の件で説教を始める。
勉強を全然やっていないという説教を、今まさに勉強をしようとしている時間帯にしてどうするのだろうか。
結果的に勉強をするはずだった時間が説教で終わってしまう。
母にはそういうヤル気を出そうとしている時期にヤル気を殺ぐような言動を投げ掛けることが、昔からよくあり、私と似た性格をしている父も、家業で忙しくなる時期に限って母の小言に何時間も晒されるという悪循環に陥っていた。
しかしそれがなくても、会社を辞めてからの父は、もしくははじめからの私は元々から駄目なのだ。
事実そんな母に育てられても兄弟二人はそれなりの学歴を有しているのだから、これは私の責任だ。

母は何とか私を奮い立たせようといかなる手段を使って私の感情をゆさぶろうとしてくるのだが、本心から言うともう色々とどうでもいい。
今までは不思議とこういうときは、何らかの形で救われていたものだが、今回ばかりはなんともならないだろう。
私の性格の可愛げのある部分はもうどんどんとなくなっている。
運命にしろ人間にしろこういう人間性を社会が救いあげる要素は少ない。来年にはあの人気ブロガーが家から追い出されたのと同じ年齢で27歳になる。
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