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この件に関しては完全に私が悪い。

スーツを来てとある面接会場に行く途中、道が分からず会計をする手前コンビニで聞いたのだが、手前のレジにいた二人はまったく調べるそぶりも見せずに分からないと言った。
さらに、その二人とは違う奥の店員に話を聞くと頭ごなしに(目もあわさずに)挑発するような口調で「知らない」と言われた。

その奥の店員が一番私の嫌いなタイプだったのだ。
40歳ぐらいで、いかにも自分は工場やトラック運転手、現場で働けますよというような顔をしているのに何故かフリーターとして(雇用形態の話がしたい訳ではない)接客業で働いていて、私の偏見を言うとイキる。



私はその時、普段着もしないスーツを来ていて、面接まで時間があまりなく、その男は前のアルバイト先の嫌いな同僚によく似ていた。
コンビニの業務に本来道を聞かれる事が入っていないのは分かっているし、土地勘がない人間にとってそれがますます面倒くさい行為なのは分かっている。
だからと言ってそんな風に頭ごなしに、「知らない」と言いきれるんだったら私だってそうした。
知らず知らずのうちに私の口からは(店員にそんな口を聞いたのははじめてだが)「あんた態度悪いな」という言葉が漏れていた。
そして私は小心者らしく胸を高鳴らせることもなくそのまま店を出た(捨て台詞になったが、私個人にはそれ以上その店にいる意味がなかった)。

すると私が店から大分遠ざかってから件の吐き捨てた店員が「おい」と怒鳴りながら出てきて、「店の方角まで戻れ」と指示をしてきたので、私はファックポーズをしてそのまま、その店とは逆の方向を歩いた。
私が完全に悪いとは言え、コンビニの店員が、そのようなチンピラみたいな真似をするとは正直思っていなかったのだが、今日Twitterを見ていたら中年の女性客に順番に横入りされた事を携帯で愚痴っていた白人男性が、その女性客が連れてきた連れの黒人男性にボコボコにされていた。
仮に私がアメリカ系アメリカ人のナードだったら毎日黒人やチャイニーズに怯えながらハンバーガーショップで働かなくてはいけなくなっていたことだろう。

少なくとも現状そうなっていないのは不幸中の幸いだが、私は知らず知らずのうちに同じ日本人の、店員という立場に安心感を覚えあのような下劣な行為に走ったのだろうが、私はすでに公に殴ってもよい年齢になった。
気を付けなくてはいけない。
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随分昔の話になるが自分から多くの存在に見られる事を職業にしている芸人が「嫌なら見るな」と語るとは正直思ってはいなかった。
見せる目的で、物を作っている以上誰かの目の前に偶然飛び込んで人々を不快にさせることぐらい頭がまわりそうなものだ。
ましてやテレビという巨大メディア(の吉本所属の芸人)が、ネットにシェアを奪われているとは言え、本来なら無視できないほどに人々の目に入り、それを稼ぎにしている巨大メディアに携わる人間が「不愉快だから辞めてください」と言われたら「嫌なら見るな」と返すとは本当に意外なものだった。
本来なら娯楽であるはずの存在に、不愉快なものが潜むというのは、多くの人にとって我慢できない事態だ。

私もネット上にブログというメディアを持っている以上、常に不愉快な対象として刺されてもおかしくないという危害をもっている。そこまでして書く以上、これはただの自暴自棄だ。

しかし潜在的サイコパスの私からしたらどうしてこの世の中というものは本来なら可愛らしい存在であるはずのアイドルは刺されても、嫌いなネットタレントや、テレビタレントは刺されないのかが不思議でしょうがない。
結局世の中で一番恐いのはファンから豹変したアンチなのだろうか。
だからいかにもヘイトを集めそうな対象は刺されなくてもミスタージョンレノンは、あのような最後を迎えたのだろう。
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渋谷区短大生切断遺体事件というのは歯科医師の両親の家に生まれた浪人生(当時21歳)が短大生の長女(当時20歳)を殺害した事件で、当時のこの事件のメディアの報道についてwikipediaにはこう書かれている『タブロイド紙や週刊誌はその猟奇性をこぞって取り上げ、次男の異常性を強調するような報道を行っている。また、被害者は兄と義理の妹との「禁断の愛」をテーマにしたVシネマに出演していたため、週刊誌などでは近親相姦の話が出回ったが真偽は不明である』。

この事件の異常性とか猟奇性とかについて私の中ではあまり眼中にない。
この事件について私が調べたい言葉はいつまでたっても出てこないので、もしかしたら私の思い違いかもしれないが、確かに私の頭の中ではこのあとメディアが被告と同じような境遇の親が医者の家系の浪人生にインタビューをして、ある浪人生はこう語ったのだ「僕らは裕福なニート」と。

当時被告の両親の中では長女(当時20歳)のVシネマ出演などの経緯は非行と取られていたいたようで、家の序列的には完全に浪人生の兄(当時21歳)が上だったようだが、浪人生本人の中には後ろめたい部分もあったのだろう。
その上で家族からも批判されている体のいい妹に、偉そうに説教していたら「兄さんには夢がないね」という図星と、GTO の勅使河原的ヒスを起こして結果妹を亡き者にした。
私の記憶の中にしかない(ちゃんと調べたら出てくるのかもしれないが)「僕らは裕福なニート」の件以外は、世間的にはこの事件はこう認識されていると私は思っている。

同じような境遇の被告にはやはり医者の家系で浪人しても医学部に合格できず(これに対しては国立大学の園芸学部に合格できたのに私立ではダメだったのかと疑問を投げかける人もいる)大学卒業後引きこもりになった市橋達也容疑者等もいるが、このまま先の事件の浪人生(当時21歳)が勉強を続けて、不気味な事件の容疑者ではない立派な医者になる未来があったのか、その浪人は不健康なものでしかなかったのかは未だに分からない。

どちらにしろこの事件、私の頭の中にしかない「僕らは裕福なニート」というフレーズが気になっている。被告の両親がいつまで被告に浪人を認めたのかはしらないが、この家族にとっては無職やフリーターよりも家系的には医浪の方が格好がつくので合格しなくてもギリギリまでこの浪人生活は続いていたんじゃないか。
結局はその人の目の前にあるお金がその人の生活を変える。
浪人して医者になれなくても、医者になれないなら(対面をためつ為にも)何年も浪人してくれていた方がまだ良いと考える家族、それをふまえての「僕らは裕福なニート」だろう。




医者になることを宿命づけられて、合格しなくてもずっと勉強を続けるさまを強要されている人間はこの日本のどこかに何%かはいるのかもしれない。それに頭が下がるという思いもあれば、一つのゴールの為にそれ以外の行動(具体的には生きる為の銭を稼ぐという行為をしなくてもいい)をしなくてもいいというのは色々な思いがある。
私も正社員というゴールというものを目指すだけの生活をして良いなら今日みたいな面接に行かなくても良いのだ。
もっとも何浪もした上にゴールは医者という激務な生活を本当に生きる為の銭を負担してもらう為にしたいかと問われれば、やっぱりこれはいつもの嘆き節だ。

ただ幸福にも大学を出させて貰ったおかげで私はいつまで正社員という絵に書いた餅を追わなければいけないのだろうと思う。
大学を卒業させてくれたことは本当に感謝している。だからこそ後ろ暗い。
掃除2

今日は部屋を掃除した。
これでしばらくは部屋を掃除しなくてもいい。
最終的には週間的に片付いている部屋を作ることが私の目標だ。
ズボラな私がそういう部屋を作れるだけの仕掛けをいつも考えている。
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結局最終的に人間は人生を振り替える時、良い大学を出て官僚か医者か大企業につくべきだったと気付く。
その事にもっともはやい段階で気付き、その上で敗北してきたならその後悔もどこか清々しいものであろうが、ほとんどの人はそうはいかない。
若く幼稚な考え方をしている人のほうが多い。だから世の中は「本当にちゃんと○○すればあなたは○○になれたんですか?」みたいな人間がいつまでもあの時○○しておけばよかったなみたいな事を言っているケースに出くわす。

若いときから良い大学を出て官僚か医者か大企業につくべきだと気付き、本人にもそれを手に入れれるだけの素質があるか、あるいはその人生に自然と導いてくれる親がいる子供は少ない。
だから俗にいうエリートは注目され世間のヤッカミの対象になる、何故なら珍しいからだ。
いまだに二級建築士にもなれはしない私から見ても、普通の学歴社会を渡ってきても、今と同じ結末になることは分かっている。
しかし私は馬鹿だから兄弟達が立命館大学レベルの大学を受験するうちに初めて学歴社会のなん足るかを知った。

今更大学受験をしてみたにしても、受験料はいくらになり、そして大学を出た所でこの年齢ではTwitterの人が言っていた 「マーチ・関関同立以上の大学を卒業し、大きめの企業に入って、倹約する。これが億万長者への道」というのは果たせない。

そもそも私は今更こんなことに気付く失格者であり、どんな大学に例え受かったとしても、私が大企業に就職する資格のあった事、私が頭の良い人間であった事への証明にはならない。
しかし大学受験はいずれ必ずする。
入学は現実的ではなくても受験だけなら期日があえば受験することができる。
そこでこの気持ちを供養する。
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「現実世界で思うような人間関係が作れず
自己主張の場を欲した結果たどり着いたネット
一般に匿名で楽しむ掲示板
敢えてコテをつけて乗り込む

それからそこが居場所になった
嫌われながらも存在が認められ
教室では寂しげに過ごす日々
しかしそこでは得意気に自分を語る
初めて彼女ができたこと(彼女はブサイク)
嫌いな同級生たちのこと(嫌われていたけど)
未成年で飲酒をしたこと(異常な「呑み」への拘り)
友達を7人も泊めたこと(救世主になれた)

この他数々の武勇伝
語る内容はほとんど嘘
それでも彼は満足だった
しかしこれが後に仇となる

細切れに出された情報を
自らがつけたコテが全て結び
追い詰められてついに特定

衝動で発した言葉たちが
自らの首を締め上げる
彼への仕打ちはまだ続く

切羽詰まって思いついたのは
弁護士に相談という選択肢
衝動で駆け込んだその先は
残念ながら無能弁護士

大金叩いて雇ったはいいが
騒ぎは鎮火どころかさらに燃える
その火が消えることはなく
彼の過ちはネットの海に残り続ける」




2ちゃんねるで炎上した長谷川亮太にネット民が思い浮かべたいのは教室でハブられ、その反動から嘘の熱い自分語りと、世の中に対する全方位ディスにまわり挙句住所を開示された当時の高校生。
しかし実際にはクラスメイトとのプライベートに旅行(集合写真の真後ろの一番控えめな位置ではあるが)に行くような機会もあったようで、存在感の希薄なキョロ充としてのギリギリの立ち回りを見せていた長谷川亮太の当時の青春時代が伺える。

朱に交われば赤くなるとも、類は友を呼ぶとも言うが現在開示されている長谷川亮太の元同級生とされる人々は高校を卒業してから完全にDQN化した者も少なくはない。
長谷川亮太は恐らく、彼なりに周りから蹴落とされないように必死に自分の中でのリア充成分を燃やして、必死に燃焼しても存在感の希薄なキョロ充でしかない自分自身への反動から彼をなんJのコテハンとしての自分語りをする毎日に走らせた。

学生時代のクラスメイトというのは誰もがパラレルワールドの自分自身に思える程に精神的な結びつきが強く、時にそのクラスメイトという関係は後にも先にもない程に人にコンプレックスを植え付ける。長谷川亮太の強いコンプレックスを受け止めたのは本当の自分を知らない匿名掲示板だった。




長谷川亮太は彼が八神太一としてコテハンで書き込んだとある書き込みからチンフェという愛称で親しまれているが、後に出回った大学時代の画像からウンフェとも呼ばれるようになる。
金髪に色黒なオラついた写真。
きっと彼も周りのDQN化した同級生の後を追うように、今度こそリア充の自分を手に入れて、なんJに書いた熱い自分語りのような時間を手に入れるはずだった。

しかし皮肉にも彼が高校時代になんJに書き込んだ自分語りのせいで、なんJ民は怒り狂い→大学合格の際の浮ついた言動が住所特定に結びつき→それは後にその騒動に加わった世間的には無能とされる弁護士(パカベン)の言動から、真夏の夜の淫夢にならぶハセカラというコンテンツにまで成長してしまい→その事が大学にも知れ渡り存在感の希薄なキョロ充どころか、大学では完全にボッチ化。
彼の夢は完全に途絶えた。




冒頭で長谷川亮太の元同級生がDQN化していると書いたが、DQNというのは本当に便利なものだ。高学歴だろうが高卒だろうが何とでも潰しが聞く。
DQNはDQNの職場を恐がらない。
だから自頭の良いDQNは世の中に何の恐怖も感じることなく勉強に専念できる。
反面長谷川亮太のような完全なDQNにもリア充にもなれない中途半端な人間は妙な雑念や人間関係のストレスが邪魔をして本来のスペック(父は明治大学、弟は法政大学な事から本人も性格が邪魔をしなければそれなりの学歴を有していたものだと思われる)を発揮することができない。

誰もが心にチンフェを飼っているというフレーズが私は好きなのだが素で人間関係が築けて自分より優秀な弟がいる事、高校時代の人間関係を本人から見たら不本意な形で繋げられなかった事と、頑張ってもキョロ充にしかなれなかった事など、自分の都合の良いように解釈しているのは認めるが、感情移入してしまう点が多々ある。
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頭の悪い家系が、それを覆すには子供を高学歴に育てるしかない。
普通に考えれば高学歴の子供は、また高学歴になるのだから、高学歴の子供を育てる事ではじめてその家系は頭の良い家柄の仲間入りをする。
好景気や経済成長で、お金を得た世間的に言う学歴のない人達は、そのお金を子供の為に使い学歴を得るために奮闘したのだ。

私の母方の祖父は頭の良い人で一代で飲食業で富を稼いだが、父親からの大学進学の申し出を断っている(祖父の自慢は自分が有名大学出身の友達達と同等の財産を築けたことだ)。
私の父方の祖父は、自分は頭の良い人間だという自負があったが大学進学が叶わず第一次産業を継ぎそれが生涯のコンプレックスになった(この学歴コンプレックスは自身の長男、長男の初子にまで引き継がれる事になるのだが私の代でそれも終わる)。




大っぴらには言わないものの私の家系にとって有名大学を卒業させることは一つの夢だった。
弟は一浪して旧帝国大学を目指したが、結局叶わず偏差値は立命館より上の偏差値55の学部に入った。
後は兄弟の中で一番頭の良い妹がどうなるかだ。
私の兄弟は父親の兄弟、母親の兄弟全員含めても誰よりも頭がよいのにどうして私に限っては父親以下の頭しか持ち合わせてはいないのだろうか。
仮にもし仮に宝クジでもあたったとしても、今から大学に入りなおすとして、人生の再起をかけれるような大学なんて医療系ぐらいしかないのでまったく現実味がない。

また私はこれからは学歴があっても仕事がない時代がくると思っているので、昔の人のように子供を育てて学歴コンプレックスを克服するというのも無理だ。
そもそも結婚するのが無理なのだから。

しかし弟がちょうど同士社と立命館大学の間にある偏差値の大学に入ったせいで、世間的に言えば?という学歴になった。
立命館も同士社も頭の良い大学からしたら下なのだが、弟がこういう?な学歴になったのもあまりに弟が分かりやすく学歴の高い大学に行くと私が重圧に耐えかねて精神をおかしくするからという事を考慮した神の思し召しなのだろうか(弟は中学から高二まで無気力的なグレ方をしていて仮に弟がずっと真面目だったらそれこそ、旧帝国大学にも合格していたかもしれない。私の父も母親も人間的には良い人なのだが、癖のある性格で、そのこともあり妹以外の子供にも人間的に変な所がある。弟が大分長い間無気力的なグレ方をしたのは、家庭的な環境が大きいのだがそれはここには書かない)。

私は兄弟が高学歴という分かりやすいコンプレックスを抱けずにこれから生きて行くのも嫌だし、もしくは妹が分かりやすい高学歴をこれから手に入れてしまうのも、それはそれで複雑だ。




私は絵を恨む、それは2ちゃんねらーが2ちゃんがなかったら人生変わってたと言うような、世間から見たらどうしようもない感想だ。当時絵がこんなにネット上で簡単に描けるものだったら少なくとも私はデザイン科の高校になんていかなった。
結局私は挫折し、芸術大学の建築科という極めて中途半端な大学を出て、金銭的にも色々あったのだから、はじめから寄り道せずに学歴社会に飛び込み堂々と挫折すれば良かった。
今の人生は良くはない。
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