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本来なら私のような不愉快な人間は一切世の中とかかわるべきではない。

本当はユウチュウバーのもとき王子様(現もときちゃん)がよくつかう ″いっさいしじょう″ と言う言葉を使いたかったのだが、改めて考えるとそもそも″いさいしじょう″って何?という話になり、私はもとき王子様が言っていた「いっさいしじょうの世の中やねんて」というフレーズが頭に残っているので、なんとなく衆目が属する市場、属世間みたいなものを想像していたが違った。

よくよくしらべると 仏教の一切衆生悉有仏性( いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)の事を言っているらしい。

一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)とは





そんな話はとにかく、私が本来なら好ましくないのにインターネットなんかにいる理由は結局は銭の為であり、一生分の安心があるなら毎日寝ていたいし、本来ならそうであるべきだと思う。

しかし、キニ速のドナルド・トランプの記事を見ていたら度を越した富豪であるドナルド・トランプは、年40万ドル(約4300万円)の大統領職の給与を辞退する意向を表明し、法律の規定があるため「年1ドルは受け取る」という事にしたそうだ。

これに対して2ちゃんねるの烏合の衆の誰かが、″もう働かなくても遊んで暮らせるのになぜ働くのか ″とレスすると、また烏合の衆の誰かが″遊んで暮らせるからって仕事やめるような奴はトランプにはなれんのやで ″と返していて結局はそういうことなんだと思う。

【悲報】アメリカ大統領トランプの年収、1ドル

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保守を続けるのであれば、製品知識が豊富という今のアドバンテージを生かして、年に4回の10連休と450万円という大したことのない年収を稼ぐことができる。
しかし、もしも辞めるとすれば、そのメリットは何だろう、と考えてしまう。
2016-11-12 ″取り残される″より


この界隈と引きこもりカテゴリーは似ている。
どこも同じだが、長く続ける人と、いつの間にかいなくなる人がいる。
恐らくはすでにブログを閉じたブログ主が進撃の無職のくらげネコさんと青猫さんを並べて名前を出している事があって、その時に初めて″もう一生孤独でいいよ″の青猫さんの存在を知った。

″事実を元にしたフィクションなんだから
細かい設定の違いは気にしないほうがいいですよ

Rさん情報では、リアルなブログ主は、○○で○○しているし
無料のブログに整合性を求めてはいかんよ″

″青猫氏のブログは、どこまでが本当なのか。
どこからどこまで本当なのか分からない。
ただ頭がかなり良いのは分かる。
45歳おじさんシリーズのおじさん達のようにはならないのは、
本人が一番よく分かってるんだろうし。″


ある程度人気がでてくるとフェイクの部分を疑い始める読者が現れるブロガーというのは恐らく多くいて、この界隈は事実の発覚を防止するために敢えて嘘を忍ばせることもたまにある為に、それが益々疑惑を加速させる。
しかし進撃の無職のくらげネコさんとリンクを結んでいる青猫氏だけあって、くらげネコさんのブログのフェイクの部分を指摘する人もいるもので、そういう意味では両者はやはり 似ている。
実際にリアルでの面識があるのかは知らないが、ブログの相互リンクともなるとデジタル上の友達のような感覚も若干は出てきてしまう事もあり、そして友達というのは多少自分に似ている。



これは余談だが(そしてまたもとき王子様の話だが)、もとき王子様のユウチュウブのコメント欄にも

″もときさん、ほんとは何の仕事してるんですか?言うわけないだろうけど(笑)
タクシーもトラックも動画のネタだとずっと思ってました。タクシーはトラックほど再生数伸びませんでしたね( TДT)
次はもっと面白いシリーズを期待してます!″


というコメントがあって私はこのコメントをした人は、もとき王子様にある程度好意的なリスナーだと思っていたので少し驚いた。
これは大槻ケンヂとか福満しげゆきとかみんな見ていて思うのだが、そういう人達をファンに持ってしまうのはどちらかというと不幸だ。
彼等(私達)は暗く陰湿で疑い深く、成功を願ってるんだか、転落を願っているんだが今一分かりはしない。

続けて余談を話すとくらげネコ・青猫さんの他にはこのカテゴリーには(厳密にはくらげネコさんはダメ人間カテゴリーではないが)糞猫さんという人もおり、私はムーミン谷の登場人物であるスキンティーを名乗っているが、この界隈にはそういう人は多い。

もともとからボーナスをもらっているという発言があった為、ある程度の給料を貰っている事は知ってはいたが、青猫さんがブログで自ら弟子筋にあたると語ったブロガーが、 「かつての師匠のように苦手分野を避け高収入を自慢し底辺を見下すそんな人間にはなりたくない」と裏で語っていたという記事で私の疑問は確信に変わり、

″今の製品の面倒を見続けて、36歳、37歳、そして38歳になる。
そのとき、貯金は1000万円を超えるだろう。″


という今回の発言で貰っている給料を確信した。

今回余談が多いが1000万円の貯金と言えば、昔多分こっちの界隈らしき人からTwitterをフォローされた事があって、はじめはポツポツとしか呟かない人だったが、次第にブログをリンクしたりよく呟くようになったりして、ブログを見る限り正社員脱落組のようだったが、その年齢も30には非正規雇用になっていたはずだ。
給料も非正規雇用お決まりのような給料しか貰ってはおらず、それでも40歳で1000万円の貯金があると知って驚いた事がある。
結局その人はヘラったTwitterが多くなり少なくとも私の前からは姿を消した。



余談だらけの上に文章をしめるのだがなんでこんな文章を書いたか?
単純にワーキングプアが嫉妬しただけだ。
後はTwitterにはキュア自害さんという医学部の人間がいてこの人の不幸風自慢は実によく出来ている。
例えば堀江貴文が言うなら大してダメージはない。
しかし″こいつ金を持っているとは言ってるが嘘なんじゃないか?″とか、不幸な背景を持つ人だと思って見ていたが実は不幸風自慢なのではないかと言う疑惑のある人物の発言は″竹中平蔵みたいな事は言うが結局は政治に関係してはいないのでなあなあにして聞いておけばよい″堀江貴文とは違い、注意深く発言を聞いてしまい、だからこそ、その言葉には凹まされる事が多い。

青猫さんの場合本人はどう思っているかは知らないが、大分前からそれでも私からみたら高級取りなのは知っていたので、ダメージはなかったがそれでも文章にするぐらいには多少モヤモヤしていた。
青猫さんが本当に辛いのか不幸風自慢なのかは私には分からないが、そのスレスレが一番ダメージがあるんだ。
本当の金持ちなら金持ちの言葉として聞けるし、本当に不幸な人の発言なら不幸な人間の発言として聞くが、その中に「?」の部分があると完全には割りきれない。
だから心のガードに隙間があいてしまい結果的には精神的に凹む場合が多い。

人は自分と少しでも同じ境遇を見せられてしまうと、比べる境遇にしてしまう。
結局いつもの自分語りだが青猫さんが恐らくダメ人間カテゴリーに色濃くいる人間の中では一番給料が高いのではないか。
私はすぐこういう事を言いたがるので、結局はこれが言いたかっただけなのかもしれないが、私はよくSEからTwitterでリムられるので潜在的に恐い。
勝手に名前を出して勝手に怯えている。
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電通の自死した女性社員の話。
カラパイアではこんなニュースが以前紹介されていた。
生き餌として運ばれてきたものの、トラと仲良く共存しているヤギの話。
一見すると微笑ましいニュースだが最後の文章にはこんな事が書いてある。

″実はパークでは似たようなことが以前にもあったそうだ。生き餌として与えられた別の黒ヤギもやはりトラに立ち向かい、食べられることはなかった。しかし一度弱さを見せてしまった途端に食べられてしまったという。″

安心してください!まだ食べられてませんから。餌として投入されたヤギだけど、今でも仲良くトラと暮らしているよ(ロシア)


電通の自死した女性社員は東京大学まで出て大企業に合格したなら当然内定を受け入れる、自然な流れだ。
虎の前に運び込まれたヤギは無理矢理だっただろうが、人間は違う。
機会さえあればわざわざ虎と付き合おうとする、そしてそれが社会が言う逃げない立派な生き方だとされる場合が多い。

しかし虎と共存できるのは虎と同等かそれ以上の強者か、もしくは決して虎を恐れないどうかしている生物だけだ。
弱さを見せれば平然と彼らは襲ってくる。
それでも尚も人間は、逃げない生き方の為かあるいはそれ以外か、自身も虎か、あるいは決して悟られないヤギである事を信じて飛び込まなくてはいけない事がある。
自身の身の丈を手にいれる為か、逃げない生き方の為か、あるいは生きる為か。
どちらにしろ草食動物には生きづらい世の中だ。

電通の女性社員はどうだったのだろうか、自身を虎だと認識していたのか、虎になれると認識していたのか?
もしくは悟られない擬態性を兼ね備えたヤギか、もしくは学歴社会のトップに立った自分には草食動物の楽園のような仕事が用意されると思ったのか。
虎と付き合おうなんてあまり褒められた考えではないが、しかし虎と付き合わなくては見えない姿もあり、虎と付き合わなくては生きれない世の中もあり、虎と付き合わなくてはいけないだけの対面も俗世にはある。

実際この事件は学歴なんかは関係があまりない。
虎と付き合わなくてはいけない事態になって、その上で草食動物と見なされて、なおかつ逃げられなかったら不幸な結末になる人は多く現れてしまう。

こんな事はビートたけしがアンビリバボーの最後に言う「常識では考えられない出来事アンビリバボー、あなたの身に起きるのは明日かもしれません」やタモリの言う「次に奇妙な世界の扉を開くのはあなたかもしれません 」よりは身近にある危機だろう。
こんなものはキツイ。
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「なんか猫のアイコンがあるな、いかにもなサイトの勧誘かな」とFC2のブログの訪問者リストを見ていたら進撃の無職のくらげネコさんだった。

進撃の無職のくらげネコさんの旧ブログはライブドアブログで、今ははてなブログだろうと驚愕して見ていると、くらげネコさんの家計簿ブログはFC2で私は今までその事を気にしては見てはいなかった。

私のブログがFC2の独身・フリーランキングが15位、独身生活9位になった為にその関係で来てくださったのか、もしくは普段からしつこいくらいに、くらげネコさんについて文章にしていた為に来てくださったのかは、定かではないがユウチュウブのメグウィンの所で働いていたデベソ氏が、私のユウチュウブのコメント欄に書き込んでくれた時くらい嬉しい。

慌てて訪問者履歴を確認してみたが、やはり履歴設定の「他のブログに訪問した際に履歴を残さない」にチェックが入っており、そこから来て頂いた訳ではないらしい。
 有給について。  2016/11/16 (Wed)
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本当にいつ居場所がなくなって辞めるかは分からない。
ダメ人間カテゴリーとは言ってもほとんどの皆さんは定職につかれているではないか。
私は有給は普段使わない。
いつ辞めるか分からないし、辞める時に使いたいからだ。

気持ちが不安定になり、ツイッターに呟こうとしたらタイムラインの関係から″今は呟かない方が良いだろうな″と判断し、しかし個人的なブログは1日に1記事が(本当は私の場合2日に1記事だが)良識的な目安だ。

この文章は明日には日付をずらすが本当にままならない。
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ありがたいことに私のブログはずっと誰かが拍手機能を押してくれていて、ある時私は拍手のつかない文章が気になるようになった。

拍手がある日突然止まれば私が誰かから見捨てられたか、飽きられた事が閲覧者には分かってしまう。
だから私は拍手機能を消した、わざわざ拍手機能を押してくれていた人には本当に感謝しているが、私は他人に自分の不人気を見透かされる事が嫌だったのだ。

またもとき王子様の話だが、もとき王子様はユウチュウブが運営を停止することを願っているような節がある。
ある程度そのサービスの助けを借りながら、サービスの停止を願うということは大抵の場合、そのサービスが幾らあった所ですでに自分の生活は変わらないと思っている場合だ。
私にとって匿名でやっているツイッターがそれにあたる。

本来なら何らかのアフィリエイトに結びつける為に作ったツイッターのアカウントだが、このブログを紐つけするのにはブログの内容がきつくなってしまい紐つけを解除したし、ツイッターはダイレクトにフォロワーとお気に入りの数で人気が分かってしまう。
もはや辞めてもむしろ喜ばれるくらいで、支障はないと思うが、サービスを解約する大義が私にはない。

結局世の中は魅力社会で、私なんか本来はその魅力社会の最前線に行きたかった人間だ。
その道を選ばなくても選べなくても現在の生活から、パラレルワールドの自分に思いをはせる事はできる。
最前線に行っても底辺をさ迷っていた事は明らかだ。
ならばせめてパラレルワールドの自分には背広組としての人生を望むが、背広組としての人生は私の上位交換である父が体験している。
そして、あの様になった。

しかし、私の兄弟は、父の兄弟よりも母の兄弟よりも学歴のスペックは上なのだ。
所詮短大と、日本大学以下の大学を、卒業した両親と私の兄弟は違う。
私の弟の大学は入学後、立命館大学と偏差値が並んだ。

立命館大学クラスなら伊藤忠商事は学生を取るんだろう?
そしたら30歳で年収1000万円は当たり前と言われる勝ち組の仲間入りだ。
それに私の妹は弟よりもっと頭が良いのだから血筋的に、全く関係のない血筋ではなかった。
私はいつも賢そうにしているだろう?賢そうにしているのにどうして兄弟で一人こんなに馬鹿なんだ。
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ダメ人間カテゴリーの人間というのは大抵早い段階から自分のダメさ加減に気付いている人が多い。
気付いた上でこの有り様で、大体みんな怠惰になりきれず、努力を捨てきれない人達の集まりだ。

ダメ人間カテゴリーでありながら毎日酒を飲み女を泣かせ、詐欺を働くそんな人間は恐らくはエントリーしてはいない。
私達は怠惰だからこうなったのではなく、元々からダメだからこうなったのだと私は思う。



例えば努力という言葉で解決したがる人間は多いし、努力や自己責任と言う文言とダメ人間は切っても切り離せない。

例えば堀江貴文の様な(常に他人に問いかけていないと不安でしょうがのない本当は自信がない)人間なら自己責任や努力を口にして世の中の反応を待つだろうが、堀江貴文よりもまだ上の権力層は自己責任どころか、障害という形でより多くの人間に″自己責任の持てない・努力では解決しない・動物と同じ枠組み″で話を進めようとしている気がしてならない。

権力者の思惑なしに仮に世間が動くとしても世界は今障害者の枠組みを増やそうとしているようにしか私には思えない。

最近はあの世界保健機関(WHO)は独り身の独身者を障害者と同一視すると発表した。


世界保健機関(WHO)は、独り身の人を障害者と同一視する。


未来では自由意思はある程度の試験をパスした人間しか持っていないものとされており、試験をパスできなかった人間はちょうど今の知的障害者と同じように法律によって保護される存在になっていてもなんら不思議ではない。



だから私は、私自身は恐らく発達障害者でありながら、発達障害を盾のように使う人をネットで見ると、民主党政権が差し迫っていた当時の落ち目の自民党に語りかけた東国原英男のような口調になり「保護を口にするなら、将来的に知的障害者と同じ扱いをされる覚悟はおありか?」と心の中で唱えてしまうんだ。
知的障害者はまだ良い、何故なら真に保護が必要なのだから。

しかし世界が、障害者の枠組みを独身者にまで広めているのを見て本当に何も思わないのだろうか?
本当に理解のある優しい世界が来ると思っているのだろうか?
私はそうは思わない。

何度も言うが私と同じような人達が急に新しい呼び名の障害者に任命されたのも、お前は21世紀の知的障害者枠だと言われたのと、あまり違いはないように思える。
そして私にとって知的障害者とはどのような人達かというと、あまりに劣っている為に自由意思の存在を亡きものにされた存在。家畜かどこかの天然記念物のように保護されている人達の事だ。

自由意思がないのは私の人生からも認めるが、他の諸君は本当に現在の知的障害者のように近い将来扱われる危険性がありながら発達障害者を名乗るのかをよく考えた方が良いと思う。

結局言いたいのは統合失調症を思わせる人のブログにありがちな「世界支配階級、ロスチャイルド、金融ユダヤの陰謀がついに始まってしまったようですね」なのだが、幾らなんでもWHO程の組織が独身者までも障害者と同一視すると言い始めたのは流石におかしい。

発達障害者という言葉が生まれて、障害者扱いをされて怒っている人よりも、むしろネットでは発達障害を免罪符にしたい人間の方が多いような気がするが、免罪符だけ貰える程世の中は容易いのか。

統合失調症を思わせる文章だがいずれ権力者層が新しい枠組みを作るために右往左往しているのとは違うのか。
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もとき王子様のリスナーには 古林元気と言う人がいて、私がはじめてもとき王子様を知ってから色々調べていた中ではこの人が最古参のリスナーなんじゃないかと思う。
昔少しコメント欄でコメントしたことがあるのだが、ブログをやっている人でマーチ卒のもとき王子様に対してこの人は一浪して日本大学に入って営業を本職にしている。

ブログを少し読んだ際にはマーチと言う学歴を卒業したもとき王子様を尊敬しているのが伝わってきて、学歴事態は中間の偏差値より少し上程度だが、その卒業生の多さから経営トップの5位にランクインする日本大学と、経営トップ7位の中央大学のこの二人の繋がりには、何か感じるものがある。



私はたまたまこの界隈にブログを、持っているだけで実態はアンチともファンともつかずにネットタレント(もしくはそういう存在に近い人)の周りを匿名でグルグル廻っているような気持ちの悪い本性の人間なので、こういう気持ちの良い繋がりには縁がない。

私と言う人間は、ネットの匿名社会の連中がより集まって、どうにかネット上に匿名とは少し違ったような形で媒体を持っている寄せ集めのような人格。
ブリーチのエスパーダで言うならば他の虚を食い繋いで何とかエスパーダ入りを果たしている十刃の中で唯一のギリアン級であるアーロニーロ・アルルエリのような存在である。
そしてこのブログのランキングも大体事実上の アーロニーロ・アルルエリの序列と同じで10位にランクインする事が多い。

何でこんなに砂を噛むような人間性に生まれてしまったのかと、そればかりを考えている。
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他人を使って自分語りをしたい意外に目的がないのなら、わざわざこっちのブログに文章は書かない。

最近ずっと、悩んでいたのはアクセスの良いはてなブログの方にブログを移すかということだが、FC2にはFC2の魅力が、はてなブログにははてなブログの魅力がある為、結局ははてなブログにも同じ内容で文章を書くという事で落ち着いたのだが、なんでそんな事をしたかと言うと結局は銭がほしいからだ。



この間私はカツドンちゃんねるのカツドンさんについて、書いた。
最近カツドンさんはユウチュウブ上で化けつつあって興味を持つ人が増えたので、その記事がアクセスを集めるのは分かるのだが、アクセス先の1位がツイッターとなっている為、調べてみた。
するとアクセス先では「誰だかのブログに取り上げられてるぞ」「カツドンを取り上げてるというよりカツドンをダシにして自分語りしてるだけじゃろコレ」と言うやり取りがしてあった。

落ち込んだ。

何故落ち込んだかと言うと、私は「メディアの隙間Z」という口にするのもはばかられる激寒なブログもやっており、そこにはカツドンさんについて自分語り抜きで書いており、アクセスだってそちらの方が良かった。
なのに何故、自分語りをしている方の文章をわざわざツイッターでさらされ、再三分かっている″自分語り乙″みたいな事を言われなくてはいけないのか。
なんで空気読まない馬鹿のせいで、私が二重に滑らなくてはいけないのかと言う思いでいっぱいである。

しかし、気持ちは分かる。
例えばこの前、らんはげというツイキャス主について調べたら、らんはげについての専門の記事として語っているサイトはなく、結局自分語りを含めた文章でしからんはげについては今一よく分からなかった。
もしくは昔 氏ムシメというニートスズキと関係の深い漫画家志望のワーキングプアが自死した一波乱。
これについても詳しい記事はあまりなく、一番詳しかったのはやはり自分語りの、ニートスズキに私怨を持った生主のなりそこないみたいな人の記事しかなかった。

くらげネコとか、毎年寝太郎とかあの変の人達の名前で掘っていっててもそういうブロガーは沢山出てくる。
まあ大体下手したらニコ生をやっていてフリーターみたいな見ることのない職業をしていて、他人の名前を出した時にしか注目されないネットイナゴ達。



またもとき王子様の話だが、私はジョン・レノンにとっての マーク・チャップマンくらいの熱烈なファンなもので、もとき王子様についてネットで調べていたら、もとき王子様で売名したいユウチュウバーみたいな人が検索に引っ掛かった。

私は マーク・チャップマンなもので、もとき王子様のコメント欄にコメントしている人間は大体分かるのだが、こんな人は見た事がない。
変に意識高い感じだったが、分かってはいない。

もとき王子様は、期間工の仕事が辛すぎて、どうすれば良いか分からない最中、ユウチュウブに心労を吐露した事が現在に繋がった人で、第一に銭や人気があった訳ではないんだ。
加えて根っからの肉体労働者という風貌ながら、中央大学理工学部卒業という面白さに深い教養、エキセントリックさ。

それぐらいないと、もとき王子様みたいに言ってみれば画面の前で自分語りをしているだけで、あれだけのファンはついてこない。
カツドンさんだって8年引きこもったニートが、テレビを破壊したり「尊厳を傷つけられた」とか言って湯飲みを割ったりするから面白いのであってあれを狙ってやっても大して面白くはないし、尚且つ今の再生回数を考えると、住所を割られたりしているのに、まだまだわりには合わない。



ブログ村のダメ人間カテゴリーに逆ビルさんっているだろう?
あの人はどうも2ちゃんねるのなんJ民らしく、私は心情的にはビッパーなので、いつか自分語りのダシにして、「なぜVIPはなんJ民に負けたのか」を書いて気が向いたら自分語りの文章をのぞいて「メディアの隙間Z」に転載しようと考えていたのだが、その人が小説家志望の生活保護受給者になった親交のあるブロガーについて、語っていて身につまされた。

最近季節のせいか、報道のせいか、気持ちがどんよりする事の方が多くてあまり良くはない。
それとあまり関係ないが、ドナルド・トランプについてずっとツイッターで呟いていたら、1年間ぐらいずっとフォローしてくれていたフォロワーの方が二人くらい減った。
大分前から愛想をつかされていて、今回の事が最後のきっかけになったんだろう。
まあこのままだといい加減パソコンが壊れそうなので新しいパソコンを買ったらMMDの制作に乗り出そうかと思うがそれもどうなるのかは分からない。

大体私は現実に生きているんだから、カツドンさんとかもとき王子様とかああいうネットで存在を認知されている人に謎のコンプレックスを覚えて対抗してもしょうがのない。
これから先私も含めて何らかの形でカツドンさんや、もとき王子様みたいな形で承認を得ようとする人は増えてくるだろうが、例えば氏ムシメが自死した時にニートスズキについて語ったあのブロガー、あのブロガー程度の周辺人物になれる人間にすら、中々なれはしない。

まあ、別になれなくても良いのだが、私はキツイ。
結局はキツイ、本当に何で生きているのかと思うくらいにはキツイ。
本当はそろそろ放置したいのだが、よっぽど現実の心が空っぽで、虚構に向かわないと限界なんだと思う。
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また自転車を止められた。
警察官なんてブラフの塊なんだから一挙動、一挙動から考えている事が分かる。
車の動きからどうせ止められると分かっていたし、私なんて潜在的サイコパスなんだから止められるのもある程度しょうがのない事だと思う。
だが休日はやめてほしい、労働がある日なんて気持ち的に1日中労働みたいなものなんだから、労働の一部として受け入れられても、休日の日はそうはいかない。

以前やたらと老人ばかりがくるディスカウントスーパーで働いている時は、休みの日に老人に話しかけるだけで心中穏やかではなかった。
自転車に話を戻すが備自転車え付けのカギを無くした為、壊してあって止められるのも多少はしょうがない。
加えて防犯登録をした所で自転車って結局は返ってこないので、最近は防犯登録をしていないのだが、その事について話すと「いや法律が」等と言うので「法律でつけるように決まっているのですか?」と聞くと「いや罰則はないんですが」等とゴニョゴニョ喋っていた。

とにかく防犯登録をしても呼び止められる事が減るわけでも、チェックがはやくすむ訳でもないそうだが、面倒くさいので帰りで最寄りの交番で登録をすませた(あたりで文章を書いたがパトロール中ですませられなかった)。
しかし前回は生年月日まで聞いて今回は名前だけだったが、あれは警察の趣味の範疇か。



そろそろ話を終わるのだが、大抵警察官は良い警官、悪い警官と言うように詰める方となだめる方がコンビになっているのだが、悪い方の警官が、私の話を聞いた限り何らかの分の悪さみたいなものを感じたのか、「でもカギはつけてくださいね」と言ってきた。

ユウチューブ上で集団ストーカーに襲われていると主張し、しょっちゅう警察の世話になっている岩間好一の言う所の「お、お前ら」だろう。
カギがなかったら盗まれ放題なんだから持たないはずもない。
自転車のカゴに入っているチェーン状のカギを見せたら黙っていたが、私は終始敬語で警察官の業務に応じているのに、最後の余計な一言は本当に必要なのか。

それは警察官はある意味、市民の教育者みたいなものだから言い返せなくなった時の母親みたいな態度にもなるのかもしれない。

警察官は絶対にナメられてはいけない職業である為に、ナメられない為の高圧的な態度は許せても、あの一言は警察官としての身分ではなく手前のプライドの為に言ったのではないのか。
あの粗探しは本当に必要だったのだろうかと思う。
これは今度呼び止められたら、恐らくは爆発する。

前回の職務質問:警察官の態度について。

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