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私が判断を下す際ににもちいているイエスノー占いとは、例えば奇数ならイエス、偶数ならノーとあたりをつけてサイコロをふり、絶対に分かっている質問をする。
「私は女ですか?男ですか?」
私の場合は勿論男ですか?と質問する。
そして、ノーだという結論が出たら今は直感の弱い状態にあるので、一時間後にまた最初の質問から始める。
男である(イエス)という結論が出たら一時間思う存分サイコロに質問をぶつける。

結局人は始めに当てた予想屋の馬券を書い、最初に優秀な成績を残した部下を優遇する。
人間の判断基準とはその程度の曖昧なものだ。
今まで優秀な成績を収めてきた人なら占いなんかに頼らなくてもすむが、今までの人生がボンクラだった私は、先程の占いであげた勘が強い時間の自分がした″占いに結論を頼る″という選択肢だけが頼りなのだ。
大体の場合結論というのは最終的に勘が決めている事は言うまでもない。
勘が強ければ強いほど優秀な結論を導き出せる。

占いを毛嫌いする人なら眉を潜めるだろうが、天秤が水平になり結論をつける事が難しくなった事柄を、片っ端から占いにかけるのだ。
結局どんな答えがでようと、普通の人ならいくら占いがイエスと言おうと脳がシグナルイエローを出せば正しかろうと間違っていようと実行はしない。
たかが、占いだがその変は他人にアドバイスされるのと変わりはない。
結局は自分の自由意思(なんてものが本当にあるのかは疑問だが)と自分の持って生まれたものが決断を下すのだ。

例えば自分を陥れようとしているのか、ニュートラルなのか、もしくは友好的なのか分からない人がいたとして、ずっと分からないまま接していたらストレスになる。
そういうときは占い(私が言う占いとはタロットや易に代表される確率が関係する占いであり、誕生日や生年月日、名前で占う起源に統計学が関係していそうな占いの話はここでは覗く)占いが敵だと言え中庸だと言え味方だと言え注意深く探っていけばそのうちその人の正体は見えてくる。
しかし一旦かりどめでも正体を定めておかないと、おもいっきりアタックがきかずそれが弱さになりストレスになるという事態が大なり小なり出てくる。
その為に偽りでも良いから正体を決めて置くんだ。

星新一のショートショートにも似たような話があるが、結局とりあえずあたりもつけずに、もしくはあたりをつけてもオロオロオロオロして、自信を持たないのが一番よくない。
それに天秤が触れずに中央になった決断というのは大抵後から、「だからあの時自分は結論を下せなかったのか」というような判断を鈍らせた心の弱い部分を露呈させる出来事が起きる。
多分どちらの決断を選んでも。
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