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異常事態と言うのは、よっぽどとち狂った結果が起きない限り指摘はされない。
それはジーク・ハイルと唱えるドイツ国民に、パリは燃えているかのテーマをのせれば簡単に、異常事態を演出できるのだが、当時の人達はそれに気付いてはいない。
それはとても恐ろしい事である。

異常事態が起きたとして、大抵の場合その異常事態の元を辿っていけば″こんなの絶対可笑しいだろう、誰か気づけよ″と言うような兆候が色々と出てくるのだが、大抵当時の人達はそれに気付いていないか、気付いていても薄ぼんやりと見ている。
そして指摘された時にはじめて適当な意見を言い、野次馬も聡明ぶって色々言うのだが、そもそも人間と言うのははじめから善悪、可笑しい、可笑しくないの区別がついている訳ではなく、親や他人から散々指摘されて良識に目覚めている。

それは大人になってもそうで、大抵の場合指摘されないと気付きはしない。
今もどこかで異常事態は起きているのだが、それを取り巻く当人や周りの人達はきっと異常さには気付いてはいない。
何となく可笑しいと感じていても、きっと呆然と見つめていて、多くの人に指摘されるような事態になって始めて″ハッ″とする。

ネット民なんか自分も含めてなぜか聡明だと言う勘違いをするのだが、自分の非を指摘されたら精一杯責任逃れをして、他人の非には何一つ言い分を聞かなくてはそれは聡明なふりや勘違いはできるだろう。
何が言いたいかと言うと人間は意外と一人では可笑しい、可笑しくないの区別は付かず、周りの同調圧力を都合よく取り入れて生活していると言う話だ。
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美大くずれの頭でっかち野郎が
ネット上で評論家気取りしてるのも異常だぞww

2016/12/23(Fri) |URL|閲覧者 [edit]
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